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仏事にかんする雑学を紹介します。
仏事の意義と由来四十九日の意味線香の数仏壇の意味
仏事はいつ頃から | 中陰壇

仏事の意義と由来

  • 初七日:書類審査、生前の行状が裁かれる。
  • 二七日:三途の川を渡るところで裁かれる。死出の旅路の難所。
  • 三七日:生前の邪淫の罪が裁かれる。
  • 四七日:秤を持って生前の罪の重さが決められる。
  • 五七日:水晶の鎧に生前の行状が映し出される。
  • 六七日:五官王の秤と閻魔王の鏡で再吟味する。
  • 七七日:最後の審判かくだされ、行き先が決まる。

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四十九日の意味

仏教では四十九日は「中有」(中陰)といい、死者の運命か決まる日とされています。 このため四十九日までは、死者の魂がさ迷っているとされ、遺族はその間を「忌中」とし、死者か成仏するように身を慎みます。

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線香の数

自分か所属する宗派では焼香を何回でするか、それと同じ本数か線香の数と覚えておきましょう。天台宗、真言宗は、仏・法・僧に捧げるという意味で三回です。 したがって線香の数も三本になります。浄土喜宗は三本に折り、寝かせて置くのがしきたりです。 葬儀時は時間等の都合もありますのでその場の状況に合わせても構いません。  

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仏壇の意味

仏壇は、単なる容れ物ではなく、仏教で説く世界の究極の姿をかたどっています。言葉の通り、一段高くなった壇を持ちそれは仏の世界を象徴する須弥山をかたどったもので須弥壇と呼ばれています。須弥山は、スメールつまりヒマラヤのことで、世界一高い山から仏が私たちに語りかけ、救ってくれる場所、すなわち浄土あるいは道場を仏壇は表現しているのです。

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仏壇はいつ頃から

白鳳時代(645〜710)に仏教か盛んになり、時の天武天皇が貴族たちに各家に仏舎を設けて仏を祀るようにという詔勅を下しました。 これか仏間になり、仏壇の形になっていったといわれています。 床の間に仏さまを安置していた時期もあります。一般庶民の家庭に広まったのは江戸時代になってからのことだといわれています。

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中陰壇

四十九日間の中陰中は、お葬式の祭壇を小さくした、白木の祭壇を設けます。仏壇がある時は、仏壇の前に組むのが正式です。 自分で中陰壇を作る時は、適当な高さの小机や箱に、白い布をかけます。上に香炉、燭台などの仏具を置き、葬儀の時に使った生花や供物を供えればいいでしょう。

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